
7月の外泊は父の家の鍵一式紛失したり、せっかちな性格の私とマイペースな姉で私が必要以上に動きすぎてしまったのと、母が動きたくない衝動が強くて少し大変でした。
今回の外泊
今回の外泊は、とにかく母が一度座ると動きたくない。
多分、何かさせられるとか、何をするかわからないとかの不安もあるんだと思う。
実家の記憶がもはや消滅した母にとって
看多機以外の生活は何か違うの連続だけど、母にはそれが何か分からない。
母にはもはや看多機が自分の住まいのように感じてる。
だから月一回の、実家という環境で、見た事ある味方だとは分かってるけど
家族っていうものがよく分かってない人たちがいる環境。
だから、一度座ってしまって、そこが落ち着くと動きたくないって嫌がることが増えたような気がする。
そして、せっかちな私とマイペースな姉、そして動きたくない母。
前回のブログで伝えたけど、
例えるなら
姉は「降りぬなら 降りるまで待とう ホトトギス」の徳川家康派
私は「降りぬなら 降ろしてみせよう ホトトギス」の豊臣秀吉派
母は「降りたくない 降りたくないのよ ホトトギス」の誰でもない派
それでも美容院や買い物とか、トイレに行くときは
私が車から降ろしたりして動かしてた。
看多機に戻る前の戦い
そして、なんだかんだ言って看多機に戻る時間。
お昼ご飯を食べてから戻るんだけど
ちょっと食後にお昼寝したのが良くなかったのか
食後からどんどん母の雲行きがあやしい
「無」でもないけど、一点を見つめて無視
でも看多機に戻らなきゃいけないし動かそうと思っても動かない。
とりあえず姉には車のエンジンつけて冷やしてもらって
母を立ち上げるにも、母動かず。
きっと看多機に戻るって言っても意味が分からないし、
この先何をするか分からないから不安なんだよね
私は身長も高いし、元医療従事者の経験は豊富。
母を立ち上がらせて、
幸い靴下履いてて痩せてる母が動きたくなくて固まったおかげと
リビングが滑るから、玄関まで押して母をスキーのように立ったまま滑らせて連れ出すことに成功
体力もないからなのか、私に対してつねるくらい
なんとか車に乗せて看多機へ。
看多機についてからも全介助でおろして
父と一緒に母を看多機の玄関まで行って
靴を脱がせて室内用の靴に履き替えたりして
職員さんも応戦に来てくれたんだけど
私にはつねるし、父には蹴るし、職員さんには叩こうとするし
今回は珍しく、母なりの抵抗や怒りがありました。
でも、看多機に到着してちょうどおやつの時間ってこともあって
みんなもおやつ食べてるし、
母の好きな三色団子を見せたら
母、機嫌は良くないけどすんなり座って、三色団子を食べてくれました。
職員さんに外泊の申し送りや、冷凍したグラタンやお粥を試してほしいお願いとかして
無事に終了
ドットした疲れ
そして、母の外泊も終了したから
自分の家に帰るんだけど
帰りも運転好きな姉が運転してくれました。
私は、外泊中の母の対応や、家の掃除、食事作りなど
車の運転以外はほぼ私がやった疲れでとてもじゃないけど運転できない状況。
なんだかんだ言って、本当に今回は姉と一緒でよかったとつくづく思ってしまった(運転してくれたから)
今年に入って全然食べなくなって
春ごろ食べるようになって
今は、不穏な状態が増えてきてる感じもする
認知症の介護に限らず
安定ってなかなかないよね
せっかちさんとマイペースさん
姉ね。今回の外泊疲れてないんだって。
看多機に戻る時も姉がどこにいたか覚えてないくらいなの。
多分、母の服とか片付けてたのか分からないけど
三色団子を母用に職員さんに渡して、
別の職員さんに申し送って、母のところに行ったら
父と姉と母で座って、お茶してたもん。
母は団子を食べてて、職員さんが配慮して家族の分の麦茶も出してくれた感じ。
一つ椅子が空いてて、私用の麦茶も置いてあった。
他でも車から降りるときは姉が運転してるから私が対応してるし、
二日目に美容院行ったけど、私が対応してる。
これね、姉は全然悪くない。
ただ、私がせっかちだから早く動く、早く指示する、そんなタスク重視の私だから
人より先に動いてしまう。
そして、姉が動く前に指示しちゃうからなんだと思う。
決して姉が動かないんじゃなくて
根本的に絶望的に動くスピードが違うの。
私がもう少し待てたら、多分姉も動くし、私の体力も温存できてるの。
私の視点だけど
時間に対してスローライフを楽しむ姉と
時間をいかに有効活用するかを求める私みたいな違い。
疲れだって、率先して動くから疲れるんだよね。
こればっかりは仕方ないよね
こうやって母が認知症になって
家族で介護するようになって初めて気づいた違い
これはこれでうまくいってるんだよね。多分。
8月は姉と妹のペアでの外泊
私は掃除とかの普通の帰省の予定。
とりあえず、7月の私、お疲れ様

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