無い物ねだりの「認知症が治ってほしい」という願いが今ある幸せを見えなくする

ちーたむ
ちーたむ

先日家族LINEに父からメッセージが来た。「認知症が治って帰ってきてくれるといいな」ってメッセージが来た。無いものとか足らないものばっかりに目が向くと今ある幸せって見えないよね。

父の無い物ねだりの願い

要介護5の認知症母は看多機のショートステイに入ってる。
帰ってくるのは月一回の外泊。
その時は娘が交代で見て、その時に父は母と一緒に過ごせてる。
実家は今は父一人で住んでる。
テレビを見てる父はきっと何かのテレビで悲観的になったんだろうね。

父

認知症が治って帰ってきてくれるといいな

この前文にはテレビの感想が書かれてる。
父はあたかもみんなも見てる話題を出してるんじゃ無いかと思うような書き方するから
なんのどの番組か、どんな内容かもわからない。
でも、母の元気な姿を想像したんだろうな。

超現実的な思考の私からすると、
「認知症が治ってほしい」とかって発想がない。
もはや、母に関しては認知症が治ってほしいなんて願っても叶うわけないとわかってる。
そんな期待をしてしまったら、
毎回母に会う時に期待して、認知症がある現実を見て失望する。
だから無駄な期待だと思ってる。

私の願いは、認知症の母の現状の中で
少しでも穏やかに過ごしてもらえたらそれでいい。
笑うとかそう言ったことが少しでも多ければいいと思ってる。
数年前から「足るを知る」ことを考えるようになって
今ある少しの幸せに良かったと思えるようになった。
私から見れば、父も母もなんだかんだ言って運がいいし
認知症がどんどん悪化してるけど
それでも環境には恵まれていると思う。

そして思う。
父は認知症のない状態で家に帰ってきてほしいってこと。
今の母では父一人では介護は到底無理だし、
父は老老介護の中でものすごく頑張ってたけど
家にいる最後の辺は本当に精神が参ってた
徘徊や暴言、拒食、隠れてお菓子を食べるなど
まだ万引きとかまでは至らなかったからいいけど
最後の辺は人に家の庭に迷い込んだり
雪の積もった田んぼの真ん中で突っ立てたり
何度となくいろんな方に保護された
夜中には家中の電気をつけて訳のわからないものをまとめて家を出ようとするとか
本当にひどかった。

父から見る母は長年連れ添った妻だから
少しでも元気な姿に戻ってほしいんだよね。

私の返信

でもね、
父の思いも分かるけど
母はどう頑張っても奇跡が起きて認知症が治るなんて思ってない。
むしろ、そんな儚い期待を持ってしまうと
今ある幸せに気づかなくなる

私

お母さんの認知症が治ってほしいって思うかもだけど
今ある幸せが見えなくなっちゃうよ。
悲しいけど認知症が治ることはないと思ってるから、
今お母さんが穏やかに過ごしてくれているだけでも幸せだと思うよ

って返事した。
だって、母の今の環境は本当に恵まれてるから。

足るを知ると言うこと

私は数年前から、「足るを知る」ということを考えるようになった。

認知症が治ってくれないかな。

もっと旅行に行っておけばよかった。

もっと美味しいものを食べさせてあげればよかった。

考え始めたら、きっとキリがない。

そういう「もっと」を考えていると、後悔ばかりが出てくる。

でも、

「母と旅行に行って楽しかったな」

「今まで行けるだけ行けたよね」

「美味しいものも、いっぱい食べたよね」

そう思うと、不思議と気持ちが幸せになってくる。

考えたところで、今から母と旅行に行けるわけじゃない。

以前のように美味しいものを食べられるわけでもない。

だったら、今ある幸せを噛み締めたい。

そう思うようになった。

今ある幸せを大切にしたい

私は数年前から、「足るを知る」ということを考えるようになった。

「認知症が治ってくれないかな。」
「もっと旅行に行っておけばよかった。」
「もっと美味しいものを一緒に食べてればよかった。」
考え始めたら、きっとキリがない。

そういう「もっと」を考えていると、後悔ばかりが出てくる。

でも、
「母と旅行に行って楽しかったな」
「今まで行けるだけ行けたよね」
「美味しいものも、いっぱい食べたよね」
そう思うと、不思議と気持ちが幸せになってくる。

だって希望を考えたところで、今から母と旅行に行けるわけじゃない。
以前のように美味しいものを食べられるわけでもない。
だったら、今ある幸せを噛み締めたい。

私から見れば、父も母も、なんだかんだ言って運がいいと思う。

認知症はどんどん進んでいる。
できなくなったことも、たくさんある。
それでも、今の母の環境には恵まれていると思う。
そして私は、今ある唯一の外泊を大切にしたい。
母が少しでも不安にならないように。
少しでも穏やかに過ごせるように。
少しでも笑っていられるように。
「認知症が治ってほしい」と願うことが悪いわけじゃない。
「もっとこうだったら」と思ってしまうことも、きっと自然なこと。

でも、ないものや、足りないものばかりを見ていると、
今ここにある幸せが見えなくなってしまう。
だから私は、今あるものをちゃんと見ていたい。
母と過ごせる時間があること。
母が穏やかに過ごせていること。
一緒に笑える瞬間があること。

それだけでも、十分幸せなんだと思う。

簡単なことではないけれど、
今ある現状を、少しずつ受け入れていく。
それが今の私にできる、母との向き合い方なのかもしれない。

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