認知症母の料理ができなくなるまで

ちーたむ
ちーたむ

認知症と診断された後でもしばらくは料理ができた母。今はトマトが切れるかどうか・・・母の料理ができなくなっていく過程を紹介

認知症初期の母の料理

認知症初期でも母は料理ができた
もともと料理は沢山作ってたし
特に娘や孫は母の作る天ぷらが大好きだった
よく作ってた分、煮物と天ぷらは比較的最後まで作れた料理じゃないかと思う

認知症初期の母は作れてると言っても
次第に惣菜が自然と増えて行ってた
煮豆やポテトサラダ、魚の煮付けとか
でもそこまで気にならない程度

カボチャの煮物や天ぷら、モロッコインゲンの煮物
でも、時々天ぷらの具材に何を使っていいかわからない時があった
スーパー行っても迷ってきてた
初期はそんな感じで始まった
作れるけど、何を買っていいかわからない感じ
だからいつもおんなじものになっていってた

認知症中期の母の料理

そして、中期と言って良いかわからないけど
ある時、いつも通り娘たちが帰省した時に
天ぷらを作ってくれたんだけど
エビの天ぷらが半生だった。。
周りも気づいてなかったくらいだから
その時は何だか否定しずらくて食べたけど
結構びっくりしたのを覚えてる
そしてお腹を壊さないか心配だった

そしてここから同じものを買ってくるのがさらに限定されてきた
まずニンニクの芽と豚肉の味付け肉
これは炒めれば良いだけだから楽
すぐに焼けるし、美味しい
でも、とにかく味が濃いのと、脂分が多い
だから残っちゃうとほぼ油の塊みたいになっちゃう
最初のうちは美味しく食べてたけど
毎回続くと父も飽きるから残っちゃう
そして、冷蔵庫に古いものがあるんだけど
また買ってきて作るから同じ食材の作った日にち違いのものが並んでた
そして、冷蔵庫は母しか管理してなかったから
この時は本当に腐ってるものとか、
今まで見たことない状態の食べ物を沢山目にした(過去ブログ認知症の家の冷蔵庫事情
(誤って食べることはなかったみたい)

次に母は流行り物のように同じものを買ってくる
前にも書いたけど
トマトがインプットされたらトマト
レタスがインプットされたらレタス
ある時は、うなぎが何故かインプットされたらしい
それで安い中国産のうなぎばかりを買ってきてた
味付け玉子の時は何故か10個入りを毎回買ってくるから大変だったみたい

でも、この頃はまだカボチャの煮物は作れたから
父は喜んでカボチャを買ってきて置いておく
次第にカットができなくなってきたから
カットしたカボチャか、父がカットして置いておけば
母は味付けは保証できないけどカボチャの煮物を作ることができた

そして、母の日課は
朝父が味噌汁を作るんだけど
あとは味噌を入れるだけにしておく
それで、母が起きてきて味噌を入れて完成させていた

一緒に作れば餃子も作れるし
一つ見本を見せれば体が覚えてるのか切ったり、炒めることはできた
天ぷらも、こちらが衣を作って揚げるだけにして一緒にすれば作ることができた

今の母の料理と記憶

今はカボチャも無理だし、
結構長く続いた味噌汁に味噌を入れる作業もできなくなった
トマトが切れるくらいだけど
自然に手を動かすことができれば1人でトマトを切るけど
「トマト切って」ってお願いするとトマトがどれかわからなかったりする

トマトが切らずに皿に乗ってると
おかずだと思ってテーブルに出しちゃうし
今はお菓子とおかずの区別がつかないから
一生懸命お菓子を食卓に出してくる
食べれるものなら何でもいいし
「違う」と言われる理由がわからない

今の母の買い物は
惣菜(ポテトサラダ、煮豆)
味付けしてあるさつまいもの煮物
煮卵(しかも10個入り)
大福(5個入りで賞味期限が短い)
お菓子(かりんとピーナッツとか煎餅類)
アイス(パリパリバー)
放っておくと↑しか買わない

この前も餃子を一緒に作ったけど
以前よりできなくなってる
野菜を一緒に切るのも
説明したりする量が増えたのと
他のことに注意が向けば中断してしまう

今は1人では食事の時間とかわからないから
とにかく常にキッチンにバナナを置いてる
機嫌が悪くてご飯が食べれなかった時に
バナナが食べれるように

これからどうなっていくのか
まだこの頃がよかったねーって話題にでる時が来るのか
食べることは大事だからこのままの状態が続くことを願うしかない