認知症の前兆の前兆

ちーたむ
ちーたむ

なんだか最近ふと思い出すことがある。もしかして認知面の低下はあの時からあったのかなって。今ではもうわからないけど、熟年離婚危機じゃなくて、認知症危機だったんだって。そんなことを思い出す

母の認知症の前兆

このブログの初めての記事が認知症の前兆だった(認知症の前兆
コロナでどこも行けなくなって
感染が怖くて塞ぎ込んで
鬱かどうかもわからないような感じで
コロナが明けて、少しずつ会えるようになって
物忘れに気づいて認知症だと分かった

私たち家族は
母の認知症はコロナの流行で閉ざされちゃったのが原因だと思ってる
母は元看護師だからか、感染系の責任感は強くて
田舎で感染の噂がすごいから怖くてどこも行けなくなって
コロナが明けて動けるようになった頃には少し変わってしまってた

でもね
最近ふと、思い出すことがある

認知症の前兆の前兆?

まだコロナとか流行していない頃の話

父からやたらと母が出かけようとすると怒って拒否してくるって言ってた
母からは、急に父が出かけるっていうから怒ってるって言ってた

母は多趣味で畑仕事もするし、絶対認知症にならないと思ってた
祖母は102歳まで元気に長生きしたし、母もそうなると思ってた
むしろ、父の方が認知症に絶対なると思ってた
足腰も体も母に比べて弱いから父だと思ってた
認知症とかではなくて
流行りの熟年離婚かなーなんて思って
そっちの方が心配だった

そして、絶対的に父が悪いと疑わなかった。

だから、
父から相談を受けたときは
ちゃんと母に前もって言うように指摘してた。
父が言ってるって言っても
伝え方が悪いとか、絶対突然すぎるんだって疑わなかった。
父は思い立ったら即行動するし、
少し変わってるから、
絶対父が悪いと思ってた

母から相談受けた時は
困るよねー
母にも都合があるのにひどいよねー
って、元々母の味方だから母に同情してた

私のところに行こうかなって言った時も
しんどかったら全然いいよって笑い話してた

本当、母が決心したら離婚してしまうんじゃないかと思ってた。

最近ふとそれを思い出すの
もしかして、認知症のほんのささやかな前兆だったんじゃないかって

今はもう誰にもわからないから
憶測の話だけど
母の混乱はすでに始まってたんじゃないかと思ってしまう

認知症の免疫

そして、母が認知症で要介護5になった今

父も すっとぼけ が増えてきた

母が認知症になった頃は
もっと早く見つかって対策できたんじゃないかと
家族みんなで自分自身を責めたけど
母の認知症の経過を何年も見ていくと
もはや認知症の免疫が少しできてきた

父に対して
すっとぼけ があっても寛容になってきた
今の所それでも生活が成り立ってるし
掃除はしないけど、月1回の娘の帰省でなんとかなってるし
洗濯と食事ができていればそれでいいと思えてきてる

母が認知症の初期の時は
何かと焦りや受け入れられない辛さや、少しでも良くなって欲しいって
間違いを指摘したし
頭の体操の塗り絵とか買ったり、記憶に残る工夫をたくさんしたけど
それが自分自身も結構辛かった。
父に対しても、そんな母を見守るように指摘ばっかりしてた

その経験を経て
父には多少の指摘はするけど
随分と寛容になったなって思う
それより、父にとって今ある生活が少しでも楽で楽しくいられたらそれでいいと思えてる
そして母も然り

でも、
もし、
母より父が認知症になってたら
もっと指摘してただろうな
たくさん注意してたろうな

母が先に認知症になったから
みんな母が大事だから、指摘するとか注意するとかも優しく言ってたし
今の父に対しても優しくできるんだと思う
私たち姉妹も歳とったから余計に寛容になってきたのもあるし

なんだかんだ言って母に感謝しかない

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