遠距離介護「美味しい」の価値

ちーたむ
ちーたむ

遠距離介護で帰省して作る両親への料理は、両親のためでもあり、私の趣味でもあり、ストレス発散でもある。でも、来月、父が大腸がんの手術で約2週間の入院が決まって、ふと思った。父と認知症母では「美味しい」の価値が違うこと。

老老介護の両親へ労いも込めての料理作り

遠距離介護で帰省した時の私の楽しみは料理
これはあくまで自分のエゴだけど、
老老介護で頑張って料理作ったり、惣菜を買ってたりする父に対して
少しでも楽してもらえるように
帰省中は父が一切キッチンに立たなくて良いようにしてる。
栄養を摂ってほしいし
普段食べれないものを食べてほしい
父が作れないものを食べてほしい
結果、母にとっても良い影響になるから。

それに、実家の帰省では
朝は5時代に起きるから全体的に時間を持て余しちゃう
だから、思いっきり料理を作るのは楽しいし
ストレス発散にもなる

でも、後から、最近の帰省で作った料理を紹介するけど
やっぱり両親むけの手料理だなって思ってしまう
なんていうか、紫蘇とか鰹節とか料理を引き立てるおまけみたいなものは勿体無くて買わないし
洒落たものっていうより、煮物とか昔母が良く作ってた物になりがち
でも、なるべく母がよく作ってたものを作ることで何か思い出してくれたらと期待してしまう
それに、父は煮物が作れないし、スーパーだと筑前煮とかばっかりだから
普段食べれない煮物を幅広く作ってる
だから、実家で作る料理と、自宅で作る料理は全然違う

私が作ると違った食材に見えるのか
2〜3本入りのきゅうりが家に1本残ってたから、キュウリとごま油と塩昆布の和物作ったら
父「きゅうりなんて久しぶりに食べる・・・」としみじみ・・・
いや・・・きゅうり家にあったの使ったから、2人でいた時の直近で絶対食べてたよ・・・
白菜の中華風炒めを作ったら
父「白菜なんて買わないからなー」ってしみじみ・・・
いやいや、冬は結構な頻度で買ってあって、
帰省するたび、使いかけのしなびた白菜でどれだけ料理したことか・・・
でも、大根だけは、本当に買ったところ見たこと無いし
大根の料理って使い勝手がすごく良いから私にとって必需品だから
普段食べれない分、喜んで食べてくれてる

最近帰省した時の料理を披露
(父の大腸がんの説明で2回帰省したとき)
我が家は、個人によって食べる量が違うから
自分達でとる形式
人の家のご飯ってあんまり見ないから
実家はこんな感じなんだなーと思って見てくれれば幸いです
ちなみに、私はいろんな家の食卓の写真見るのが好き

この日は鯖缶と塩昆布の炊き込みご飯、きんぴら、切り干し大根の煮物
べったら漬けは、冷蔵庫にいつ開封されたか分からない使いかけが二袋もあったから、カット食卓へ。あとはどこかの郷土料理?の豆腐の煮物が味ついた状態で売っていたので買ってみた

この日は父のリクエストのゴボウの天ぷらと裏庭にタラの木があって、少し遅めだけど食べれそうだったからタラの芽の天ぷら、鶏肉を片栗粉をまぶして揚げたもの。あとは、両親ともに酢の物が好きだからなますも作ったよ。そして、妹がホタルイカでおかずを作ってくれたからそれもいただきました

この日はカレイの切り身が3切れで税抜300円以下だっから思わず買っちゃった。カレイの煮付け。大根と蓮根と鶏肉の煮物、サラダ
そして、認知症母が雪の宿もおかずだと思って、1人に一つ配ってくれてました。

この日はめずらしくハンバーグ。ハンバーグは以前は冷凍で作り起きしたけど固くて母が食べれなかったみたい。だから、今回は作りたてを食べてもらったよ。あとは、カボチャの煮物とコロ芋の煮っ転がしを作ったよ。本当はハンバーグにポテトとか人参のグラッセとかあれば良いんだけど、そういうおまけみたいなものは時間と手間がかけれないから省略・・・

この日はカルディのチュモッパを買って帰省してたから、出したら評判よかった!!ナスの鶏つみれの煮物、白菜と豚肉の中華風炒め、ほうれん草の胡麻和えを作ったよ。サラダホウレンソウってものを父が買ってたから、それでサラダも作って・・あとは、いつもストックしてるバナナが熟してたから、みんなで強制的に摂取

母のサラダ

これは母に作ってもらったサラダ。レタスもどうやってきるか説明して、切ってもらって、ゆで卵も説明。トマトはヘタを素手で取るという荒技をしながらも、カットはちゃんとできました。
母「盛り付けなんてしたことない」って言いながら盛り付けてくれました!

父の入院で思う「美味しい」の価値

そして、5月のGW中に父が入院するから
1週間、私は遠距離介護の帰省があるんだけど
ふと、思ったのは
きっと認知症母と2人だけの食事って
今回写真であげたような料理を作るんだろうかと思ってしまった

だって、母は機嫌によって食べるかどうか分からない
食べる量も少ない
少ないながらに栄養があるもの作るから少し違ってくるのかな?
もしくは食べるかどうか分からないから、逆に惣菜とか増えちゃうのかな?って考えてしまった

そして、きっと私が楽しんで作ってる料理は
母のためでもあるけど
やっぱり父のためなんだと気づく
普通の人の「美味しい」と認知症母の「美味しい」の価値は全然違う
普通の人の「美味しい」は、購入から作る手間とか、喜んでもらいたい料理者の思い、人が自分のために作ってくれる嬉しさとかも全部ひっくるめて「美味しい」って言葉が出るんじゃないかと思う
だから、老老介護で疲れてる父に美味しいって言ってもらうのは
私の中で、父の疲れを少しでも取るために私にできることでもある。
それに、「懐かしい」とか「久しぶりに食べる」って言葉は
認知症になってしまったら聞けない言葉なんじゃ無いかと思ってしまう
認知症母の「美味しい」は一瞬の今この瞬間の味でしかない

母と2人の1週間の生活
どんな料理になるかなぁ
母の機嫌が少しでも良い人格でありますように・・・・・
少しでも食事を食べてくれますように・・・