帰省3日目の月曜日、昨日のブログで書いたけど母は18時半に寝ちゃったし、父との会話に付き合うことに
月曜日の夜の出来事
11月の月曜日の祝日は、母も色々疲れたのと、少し様子もおかしくて
18時半には寝てしまった。
作り置きの料理もある程度落ち着いたし、
母がリビングにいると私も母と話をしたいけど
今日は母寝てしまったし
父を1人で放っておきすぎるのも良くないので
少し父の話を聞こうと思ったけど・・・・
やっぱり愚痴が出ちゃうよね
笑われてるし、嫌ってるマイナス思考
父も普段あんまり愚痴も言えないだろうと
聞こうと思ったけど
なかなか、やっぱり愚痴を聴くってしんどかった。
お母さんが(家の)畑で用を足しとるなんてなぁ・・・・
近所の人は、うちのお母さん見て笑ってるし、嫌ってるよ
悲観的な言動の嵐
母のことをご近所さんが笑ってるとか嫌ってるって言う父は、
本当にそう思ってるのだろうか?
言葉のあやで、少しおげさに言っただけなのかな?
でも、そんな言葉を聞いて、穏やかにはいられず
じゃぁ、お父さんは、もし近所の〇〇さんが認知症になって
母と同じような姿見たら、笑ったり、嫌ったりするの?
ついつい、そう言ってしまった
いや、そう思わんよ
なんか手助けできたとか、大変やって思う
いや、笑ってるとか、嫌ってるとか思わんけど
そう思っちゃう
でもねぇ、悩んだところで
お母さんはどうしようもできないし
ご近所さんだって、お父さんが笑っとるとか嫌っとるなんて、言われなきゃ、お父さんの想像でしかないでしょ?
考えたって仕方のないことを堂々巡りで考えてるんだよ
って言っても父にはなんの救いの言葉にもならないことも分かりつつ
ついつい言ってしまう私
でも、そうやって考え方を変えて欲しいとも思う
そうやって冷静に考えていけるともっと色々考えれるのに。。。
幸い、ご近所さんが母の様子と父も認知症のことを言ってるから
声はかけてくれてるみたい
どんな会話が正解なのか
私はなるべく聞いてるけど
ついつい我慢ができなくなると助言みたいに言ってしまう
私としても母の愚痴を言われるのが辛いし
かといって、父の辛さは私の想像以上に辛いと思う
でも、夜の時間に闇へと落ちていく愚痴はやっぱりしんどい
なるべく、心穏やかに話を聞いて
「そうだよねー」って共感してるけど
やっぱり悩んでも仕方のないことを悩んでるのは無駄だとも思ってしまう
悩まなければ、他の対策とか、ご近所さんへの声かけとかも変わってくると思ってしまう。
でも悩みがあるから、「ご近所さんが笑ってるんじゃないか?母のこと嫌ってるんじゃないか?」って思っちゃうとなかなか話もできなくなって、父まで引きこもってしまう。
ある意味、今年町内会の班長があって良かった
なければどんどん引きこもっていたようにも思う
町内会の班長も大変だけど
社会と少しでもつながりがあると、周りから声かけてもらえたり、町内会でも気を遣ってもらえてるみたい。
今回は、母も早くに寝てしまったし
父の愚痴を聴くことで
少し緩和されただろうか?
そんなことはなくって、母の機嫌によって日々思い悩む日々だと思うけど
父には普段の感謝もして、体調管理のことも話して、
父は愚痴を言ったら少し落ち着いたのか
終活に向けて、なんか美談とか語り出して
娘としては、愚痴もだけど、なんか父の終活に向けての美談みたいな話は聞きたくないけど(聞き飽きた)聞くに徹してみた。
母の認知症の対応に答えはないし
これをやったら絶対に良いってこともない
だから、愚痴を聞いても一時凌ぎだけど
娘が帰省した時くらい、聞かないとな。
父、女々しくなったなー
そんだけ辛いって思っちゃうんだよね
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